東京高等裁判所 昭和54年(ネ)1477号 判決 1981年5月28日
控訴人・附帯被控訴人
三宅節子
右訴訟代理人
河合一郎
被控訴人・附帯控訴人
鈴木佳世子
被控訴人・附帯控訴人
恩田周太朗
被控訴人・附帯控訴人
小原陽子
被控訴人・附帯控訴人
金子幹子
右四名訴訟代理人
森景剛
主文
一 本件附帯控訴に基づき、控訴人は、被控訴人らに対し、昭和五二年三月二九日以降原判決別紙物件目録(二)の建物の明渡済まで一か月二万五一四一円の割合による金員を支払え。
二 控訴人の本件控訴を棄却する。
三 当審訴訟費用は控訴人の負担とする。
四 原判決主文第一項及び本判決主文第一項は、仮に執行することができる。
事実
控訴人・附帯被控訴人(以下「控訴人」という。)は、「原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人・附帯控訴人(以下「被控訴人」という。)らの請求(当審における新たな請求を含む。)を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは、主文第二項同旨の判決及び附帯控訴に基づく当審における新たな請求として、主文第一項同旨及び「訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。
当事者双方の事実上の主張及び証拠の関係は、次に付加・訂正するほかは、原判決事実摘示と同一(ただし、原判決四枚目表五行目「昭和五三年」を「昭和五二年」に改める。)であるから、これを引用する。
一 被控訴人らの当審における新たな請求の原因
エツは昭和五二年三月二八日死亡したので、エツと被控訴人ら間の本件建物使用貸借契約は同日終了したにもかかわらず、控訴人が引続き被控訴人らに無断で本件建物を占有使用しているため、被控訴人らは、これを使用することができず、その賃料相当額の損害を被つている。しかして、その賃料相当額は、年額で、少くともエツとの本件建物使用貸借に附随してされた合意に基づく昭和五二年度における家屋税額(七七〇〇円)と本件建物敷地地代額(二九万四〇〇〇円)との合計年額三〇万一七〇〇円(一か月二万五一四一円)を下らないから、被控訴人らは、控訴人に対し、本件建物使用貸借終了の翌日である昭和五二年三月二九日以降本件建物明渡済に至るまで一か月二万五一四一円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。
二 控訴人の主張
1 被控訴人らの祖父久太郎は、生前、その所有に係る本件建物及びその敷地(本件土地を含む約五〇〇坪)の三分の一を、当時出征中であつた被控訴人らの父(久太郎の二男)甚四郎の生死が分明になつたときに、エツに贈与する旨の意向をもらしていたところ、エツは、その当時、受贈の意思表示をした。そして、甚四郎は昭和二〇年七月八日戦死したことが判明したので、右戦死の時点あるいはその公報によつて戸籍の受理された昭和二二年六月二日に前記贈与の効力が生じた。仮に、期限到来について受贈者の意思表示が必要であるとしても、エツの相続人である控訴人は、当審昭和五五年一〇月二一日第六回口頭弁論期日に陳述した同日付準備書面によつて、期限到来とみなす旨の意思表示をした。
したがつて、前記贈与の効力が生じたものであるから、昭和二四年一一月一七日の親族会議でのエツと被控訴人らの母和可子(旧名「安江」)との間になされた本件建物に関する約定は、エツにおいて要素の錯誤があり無効である。仮にそうでないとしても、久太郎とエとの前記贈与はその効力を生じ、久太郎の相続人たる被控訴人らの法定代理人和可子とエツとの間で、後発的に右約定における負担を供呈する旨の合意がなされたものと解すべきである(右約定における「供呈」とは金銭の贈与であるが生活に余裕のないときは支払いを要しないとの趣旨である)。
2 原判決五枚目裏八行目「エツは、」から同六枚目表一行目「有益費償還請求権を有するので、」までを、次のとおり改める。
「控訴人は、昭和五〇年八月ころ、本件建物東南側に八畳間と風呂場その他を二七六万五〇〇〇円の費用を支出して増築し、また、エツは、昭和二十五、六年ころ、本件建物西南側に仮の間(二間半×一間四尺五寸、別に奥行一尺五寸×二尺の押入付)、同北西側に茶室用玄関とその囲り、同北東隅に二畳板の間(押入付)を、当時の建築費として現在(少なくとも昭和五〇年当時の)価額で約三〇〇万円相当の費用を支出して増築したから、控訴人は、被控訴人らに対し、右合計五七六万五〇〇〇円の有益費償還請求権を有するので、」
三 証拠<省略>
理由
一まず、控訴人は、エツが、被控訴人らの祖父久太郎の存命中、同人から、同人所有であつた本件建物及びその敷地(本件土地を含む約五〇〇坪)の三分の一を、当時出征中であつた同人の二男甚四郎の生死が分明になつたときに、贈与を受ける旨の合意ができたと主張し、乙第一七ないし第一九号証(いずれもエツ作成の書面)中には、右主張に副うようなことがあつた旨の記載があるけれども、エツの右供述記載はその裏付けとなるものがあるわけではないから、にわかには措信することができない。また、当審証人吉川松枝は、エツから本件建物の敷地を久四郎から贈与を受けた旨の話を聞いたことがあると供述するけれども、エツの話自身が右乙号証の供述記載と同様余り信用できないものである以上、右証人の右供述もにわかには採用することができない。その外に控訴人の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。
そうすると、控訴人の右主張事実の存在することを前提とするその余の主張は、その前提を欠き失当である。
二当裁判所も、エツの本件建物の使用関係は使用貸借であり、同人が昭和五二年三月二八日死亡したことにより右使用貸借はその効力を失い、エツの相続人たる控訴人は被控訴人らに対し本件建物を明渡す義務があり、被控訴人らが控訴人に対し本件建物の明渡を求める本訴請求が権利の濫用ないしは信義則に反するものとは認められないと判断するものであるが、その理由は、原判決理由一、二(七枚目表七行目から九枚目表一〇行目まで)の記載を引用する。
三ところで、<証拠>を総合すると、エツは、昭和二十五、六年ころ、本件建物南西側に板の間の部屋(押入付)、同北西側に茶室用玄関等、同北東隅に二畳の部屋(押入付)を各増築し、その隣りの四畳半の部屋の修理をしたこと、また、控訴人は、昭和五〇年八月から一〇月にかけて、本件建物の南東側に板の間付六畳の部屋、風呂場、台所を増築したこと、右各増築部分は、いずれも本件建物の旧建物部分に附加されて一体となり、右増築によつて本件建物の床面積は62.80平方メートル(一九坪)から118.80平方メートル(三六坪)に増加したこと、右工事のうち本件建物の北東側四畳半の部屋の修理は雨もり修繕のためであつたこと、エツがした各増築は、専ら同人が前記茶道、華道、俳画の教授の便宜のためにのみなされたものであり、貸主たる被控訴人らには全く無断でなされたこと、また、控訴人がした増築も専ら同人の居住の便宜のためにのみなされたもので、昭和五〇年九月一日ころ、被控訴人らの母和可子がたまたまエツ方を訪れた際、右増築工事中であることを知り、エツや控訴人に工事を中止するよう申し入れたけれども、同人らはこれを無視して工事を続行し、右増築を完成させたこと、以上の事実を認めることができ<る。>
右に認定した事実によると、エツのした本件建物の北東側の四畳半の部屋の修理は雨もり修理のためになされたものであるから、エツが右修繕のために支出した費用は、いわゆる通常の必要費として借主たるエツが負担すべきものであり、したがつて、これについて、エツの相続人たる控訴人は、償還請求権を有しないものであるから、右支出したことによる留置権は、支出額又は増価額について判断するまでもなく、これを取得しえないものといわなければならない。
次に有益費の主張について検討する。使用貸借における借主は、買戻特約付売買の買主又は転得者とは異なり(―買戻特約付売買の買主又は転得者は、買受目的物の所有者として目的物について改良行為をなしうるものであり、したがつて当然にあらゆる場合に売主に対し有益費の償還請求をなしうる〔民法五八三条二項本文、五九五条二項参照〕―)、善良な管理者の注意をもつて借用目的物を管理すべき義務があり、貸主の意に反して保存行為以外の改良行為をなしえず、もし、建物使用貸借の借主が、貸主に無断で、あるいは貸主の制止を無視して、専ら借主の便宜のためにのみ借家に増築をしたとしても、貸主に対しその費用の償還請求権がないものと解するのが相当である。したがつて、エツ及び控訴人のした前記各増築について、控訴人は、有益費償還請求権を有しないものであるから、右費用を支出したことによる留置権は、右支出額又は増価額について判断するまでもなく、これを取得しえないものといわなければならない。(ちなみに、本件建物使用貸借には、次段で触れるとおりの附随の合意があり、使用借主は使用貸主に対し、居住期間に見合う家屋税及び敷地地代の相当額を支払う義務を有するのであるが、このような附随的約定を伴うとしても、建物使用の対価として支払われるものがない以上、使用貸借終了時における有益費償還に関する右の結論に影響するものではない。)
よつて、控訴人の留置権の抗弁は採用することができない。
四当裁判所は、控訴人が被控訴人らに対し、本件建物使用貸借に附随してなされた合意に基づき、昭和四七年一月一日以降昭和五二年三月二八日までの本件建物に対する家屋税額及び本件建物敷地代額として合計八六万六三三二円の支払義務があると判断するが、その理由は、原判決理由四(一〇枚表一行目から八行目「消滅に帰したものというべきである。」まで、同一一枚目表一行目から四行目まで。ただし、一一枚目表二行目「昭和五三年」を「昭和五二年」に改める。)の記載を引用する。
五本件建物の使用貸借が昭和五二年三月二八日エツの死亡によりその効力を失つたことは前記認定したとおりであり、控訴人がその後も本件建物を占有使用していることは、控訴人において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。しかして、控訴人の本件建物の占有はいわゆる不法占拠であり、このため被控訴人らがその賃料相当の損害を被つていることは明らかであり、前記認定した事実によれば、昭和五二年三月二九日以降の本件建物の賃料相当額は一か月二万五一四一円を下らないものであることが認められるから、控訴人は被控訴人らに対し、同日以降本件建物明渡済に至るまで一か月二万五一四一円の割合による損害金を支払うべき義務がある。
六以上により、控訴人は、被控訴人らに対し、本件建物を明渡し、かつ、八六万六三三二円を支払う義務があるから、これが義務の履行を求める被控訴人らの請求を認容した原判決(主文第一、二項)は相当であつて、控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、被控訴人らが、当審において新たに追加した、控訴人に対し、昭和五二年三月二九日以降本件建物明渡済に至るまで一か月二万五一四一円の割合による損害金の支払を求める附帯請求は正当であるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(倉田卓次 井田友吉 高山晨)